446の趣味の1つに『古本屋めぐり』というものがあった。
半年に1度、古本屋が決算を行う時期に、新しい本との出会いを求めてぐるぐると地域を徘徊するのである。
アウトドアの人間から言わせると、少し気味の悪いその趣味も、446にとっては大事な趣味の1つであり、今年もその時期がやって来た。
古本と言っても、446は漫画や小説は古本屋であまり買うことはない。狙いは、格闘ゲームのムックである。
ムックとは、マガジン(magazine)とコミック(comic)を合わせた造語で、雑誌の1つの特集をそのまま1冊の本にまとめたものをそう呼んだ。
だが、格闘ゲームが廃れたこの時代に、まずムックを取り扱う古本屋はそう簡単に存在しない。それどころか、ゲームの攻略本から手を引いた古本屋まで存在する。
今回の古本屋巡りも、収穫はないだろうなと446は思った。
そして、あっという間に最後の1軒。446の思った通り、何十軒とまわったのに収穫はゼロだった。
最後の1軒は、446が一番期待を寄せている古本屋だった。
値段は高いが、状態が良く、そして何より品揃えが良い。多少、平均より高くても、贅沢など言っていられない。
446の他にも、同じように格闘ゲームのムックを探している者達はたくさん居るのだ。機会を逃せば、次に待っているのは、狙いの品を見付けたのにも関わらず、先を越されて買われてしまうという悲しい現実が待っている。
半年前、少し高いからと446が妥協したKOF2002のムックは、3日後に無くなっていた。
その時、自分の愚かさと認識の甘さを悔いた446は、今度は絶対にそんな過ちは繰り返さないと強く財布を握り締めた。
いざ、古本屋の店内に入った446は、まずゲーム攻略本コーナーに目を向けた。だが、案の定そこには人気タイトルのゲームの攻略本だけしかない。格闘ゲームのタイトルなど、全く存在しなかった。
(ま、ここに期待はしてなかったけどね)
それは、もちろん446の予想の範疇(はんちゅう)だった。だが、ときどき攻略本コーナーにもムックが置いてあることがあるので、一応チェックしたのだ。
続いて446が見に行った場所は、雑誌コーナーだった。
雑誌コーナーには、様々なジャンルの雑誌がジャンル別に棚に陳列されている。
もちろん、ゲームというジャンルも存在し、そこにはゲーム雑誌や大判の攻略本がまとめて陳列されていた。
(そう。本命はここ!)
ムックは、ゲーム雑誌から派生した本なので、雑誌と同じ大きさのものが大半だった。故に、古本屋では雑誌として分類されることが多く、ゲーム攻略本のコーナーよりも雑誌コーナーに置かれていることが多かった。
446は、棚に陳列されている雑誌に目を凝らしながら、目当ての格闘ゲームのムックがあるよう強く願った。
(格ゲーのムック。あるにはあるけど、全部持ってるー…)
そう。コレクションも大半を集めると、今度はこういう事態がよく発生するのだ。
品揃えは決して悪くない。だけど、全部持っている。
446に大きな虚無感が襲った。だが、446はまだ諦めていなかった。
古本屋には、まれにバラエティ雑誌コーナーというのを設けてある場所があった。バラエティ雑誌コーナーとは、文字どおりジャンルに関係なく雑誌が置いてある場所を示した。
ゲーメストムックやオールアバウトのムックなど、あまりに古く、希少価値がないムックは、たまにこういう場所に置いてある時があった。
(頼むぅ~、頼むぅーッッ!!)
祈りながらムックを探す446だったが、もちろんそんな人生は甘くない。
(ゲーメムック、あるにはあるけど、やっぱり全部持ってる!)
がっくりと肩を落とし、446は落胆した。
そこで、スマホに着信があり、446はテンションだだ下がりのまま、電話に出た。
「もしもし」
「あっ、446さん。お疲れさまです。今日の飲み会来ますよね?」
「大丈夫だよ」
「ほら、ムック買いに行くとか言ってたでしょ?お金が厳しいならなと思いまして」
「買うも何も全滅だから気にしなくて良いよ」
「そうですか。なら、会費は2000円ですので。場所はいつものところです。お待ちしております」
「はいはーい」
446は、電話を切ると、悲しそうに財布の中を見つめた。財布の中には、ちょうど10000円入っていた。
(まぁ良いさ。どうせ二次会まで行けば、10000円なんてすぐに無くなるんだ)
そう思い、外に出ようとした446の目にふと1枚のDVDが飛び込んできた。
『ストリートファイター3サードストライク・闘劇DVD・プレミアム価格3000円』
「なっ!?」
闘劇のDVDを売ってあるだけでも珍しいというのに、サードの闘劇のDVDが3000円というのはかなり安い。
(天は、俺を見放してはいなかった!)
心の中だけでガッツポーズをした446は、急いでDVDを手に取り、レジへと持って行く。
「すみません。これ、お願いします」
446がレジのカウンターにDVDを出すと、女性店員はDVDを手に取り、事務的に処理をする。
「1点で8000円になります」
え?
聞き間違いだろうと思い、446はもう一度店員に聞き直す。
「すみません。3000円ですよね?それ」
動揺を隠せず、震えた声でそう言う446に、女性店員はやはり事務的に言葉を返した。
「いいえ、8000円です!」
嘘だ!そんな筈はない!!
だって、…だってプレミアム価格だぞ!
446が頭の中でそう思いながら、身体を固めていると、女性店員が奥からDVDのカタログを持ってきて、446に分かるようにそれを見せた。
「こちら、闘劇DVDのスト3サードとアルカナハートFullはプレミアム料金となるため、定価よりお高くなります。どうされますか?」
プレミアムって、そういうことぉおぉおーッッ!?
これはマズい。さすがに8000円もするものなんていくら何でも買うことはできない。
そう思い、断ろうとした446だったが、後ろには人が並んでいて、断れるような雰囲気ではなかった。
腕を組み、睨み付けるその視線を目の当たりにすると、とてもじゃないがここで「やっぱり買うのやめまーす」など言えはしない。
黙って待たされている彼等は目て語ってるのだ。
お前、まさか俺達をここまで待たせといて、結局買わないとかふざけたこと抜かさないよな?と。
「すみません。買います」
結局、背後からの重圧に負けた446はDVDを購入し、財布を確認する。すると、2000円しかもう残っていなかった。
すぐさま、446は後輩に電話した。
「もしもし。今日って二次会行くの?」
「もちろんですよ」
「じゃ、俺は二次会キャンセルでいい?」
「あっ!じゃあやっぱり、闘劇のスト3サードのDVDを買ったんですね」
なんでお前がそれを知ってるんだ。
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